ブラジルサッカー留学の現場(後編)

2010/06/10サッカー/フットサル, 読み物soccer, 読み物

前後編でお届けするブラジルサッカー留学の現場、後編は実際に1年間のサッカー留学を経験した選手に話をうかがいました。もしまだ前編をご覧になっていない場合は、まずはそちらを一読ください( 前編はこちら)。

1年間の留学経験者に話をうかがう

−ここからは、実際に1年間の長期留学に参加したシンジ君(仮名、20代前半)にお話をうかがいます。シンジ君はどんなスケジュールで留学に?

留学したのは2005年から2006年にかけてですね。まずは1ヶ月の短期で行って雰囲気を理解したうえで、高校卒業後に1年間の長期留学へと参加しました。ブラジルへの憧れもありましたが、夢がJリーガーになることだったので、ブラジルでレベルアップを果たしたいというのが本音でした。

−向こうでの練習はどんなものでしたか?

練習に参加して感じたことは、まず走るだけの練習をしないなと。日本にいた頃は走るだけということも良くありましたが、向こうで走るだけの練習は1度もありませんでした。正確には長距離を走る練習が無いということです。練習の質が高いなというのは実感していて、実戦で必要なことだけを選んで練習しているという感じでしたね。戦術練習がとても多かったことも印象的です。

練習には既にプロとして活躍している同年代の選手もいて、20歳くらいで既に完成されていると思いました。選手としての大きな差は感じないのですが、試合への準備、入り方が異なっていましたね。練習でやっていることが試合でもできるというか…。ちなみに居残りで練習するような選手はいませんでした。

思い出したんですが、「シュートは思い切り蹴るな」ということを繰り返し指摘されましたね。ゴールになるところを狙えと。日本人は軒並み力いっぱい蹴ると、ブラジル人のコーチが言っていましたよ。

どんな環境が待ち受けているのか?

−練習環境や試合のことなど、もう少し具体的に教えてください

試合は大きく分けて2つ、冬の大会と夏の大会でした。他には州の短期リーグやプロの試合の前座などがありました。試合の数は年間で60前後くらいだったと覚えています。もちろん45分1本で、1日に2試合やることはありません。サッカーをする環境はとても良くて、練習はもちろん、試合も芝でやることが多かったです。土なのは田舎に行ったときくらいでしたね。環境としては本当にサッカーだけしてれば良い、というものでした。

−ブラジルでプロになろうと思ったことは?
ありません。とにかく帰国してからJに入ることが目標でした。

−困ったことなどは?

言葉の問題はありましたが、ぶっつけでなんとかなるものでした。

留学で得られたものは…

−留学の1年間で最も感じられたものはどんなことでしょうか?

まず親のありがたみ、ですね。親元から離れたということもありますが、どれだけありがたい存在だったかということを再認識できました。あと留学には慣れが必要だと感じました。今は別のチームにも参加してみたかったなという想いがあります。同じく日本から来た留学生も何人かはいましたが、その存在はあまり重要なことではなかったです。

−このたびはお忙しいところをありがとうございました。

想像とまったく違った留学の現場

サッカー留学の現場は私が想像していたものとは少し異なっていました。僕のイメージでは、向こうでプロになるために一念発起して…というものがあったのですが、話を聞く限りでは、そういった心持ちで行く選手はそう多くはないとのこと。むしろシンジ君のようにJ入りのステップとして留学を選択する選手が目立つようです。

また、カズや中澤のときのように日本人に対するあからさまな差別も無いようですね。これは斡旋という手順を踏んでいるからだとは思いますが、思ったよりも簡単に留学にいけるというのが意外で、記念受験的な側面は否定できないのかもしれません。保護者もサッカー一筋ではやらせないところがあるようで、昔とは考え方が変わってきているのでしょう。なんにせよ、現地でプロになるために行くのではないというのは発見でしたね。

なお今回取材に協力いただいた有限会社フィフティファイブは、さいたま市桜区でフットサルコート「グラマード浦和」を経営しています。僕もたびたび個人参加でお世話になっていますが、仕切りも設備も素晴らしいコートだと思っているますので、個人的にオススメ。月曜日あたりによく行きますよ!

関連リンク