マンガのビニールカバーに想うちょっとした寂しさと解決への提案

2011/05/19コミック, 書籍(含むコミック), 読み物

わりと、というか、かなり好きな浅野いにおの最新作を買いました。3月に出てたみたいなんですが、地震で買い忘れてたわけです。

やっぱいにおはこーいうのだよなあ

これは書店で買ったんですけど、その時は何とも思わなかった「ビニールカバー」の罪について、家に帰ったら気がついたんです。そこらへんをつらつらと。

買うときは何とも思わなかった

最近の書店って、かならずついてますよね、ビニールカバー。恐らく立ち読み防止だとか、汚れ防止だとか、まあいろいろな理由で付いていると思うのです。そういえばあれ、書店で付けていますよね。作業を見るに「大変だなあ」っていつも思っていました。

で、それって買うまではがされることがない。でも買う時って

  • ビニール付きで渡す
  • お金払う
  • 店員さんビニールはがす
  • 店員さん梱包する

みたいな流れだから、いままで気にもとめなかったんです。

でもね、今日

やっぱいにおはこーいうのだよなあ

を買って、家に帰ったら表紙がざらざらしていることに気がついたんですよ。何加工と呼ぶのかはわからないんですけど、「あっ」って思いましたね。

装丁には意味があるだろう

浅野いにおのこのマンガは、まさに「ざらざら」している青春マンガだったわけです。もう一生スッキリしないと思う。ずっとざらざら進んでいくんだと思う。ざらざら。

そう考えると、やっぱり装丁と内容の関係って大事だと思うんですよ。このマンガは、読んでいる間ずっとざらざらした装丁を味わいながら読むんです。それでこそこの単行本の意味が出てくるんです。いや、勝手にそう思っているだけですけどね。

で、仮にそういった本があったとき、買う前に装丁の手触りが確かめられないのは、とてももったいないというか、これは失礼なことなんじゃないかと思うんですよね。

表面に触れる工夫が欲しい

装丁って、装丁担当の方が考えて考えて、考え抜いて、デザインから紙質までこだわって設計していると思うんです。その意図の何%かがビニールのために失われている状況って、ちょっと悲しい気がします。

ということで提案。ビニールの一部に除き穴のような穴をあけて、表紙に触ることが出来るようにしてみてはどうですかね。その部分だけ汚れてしまう…という危惧も出てきそうですが…。見本があっても良さそうですけど、ロットの少ない商品や小さなお店には厳しいよなあ。なんでもいいから表面に触れる工夫が欲しいですね。

とにかく装丁ってものは「見て、触ってなんぼ」だと気がついた次第です。ただでさえ装丁家は、背面のバーコードが1列増えたことで、その分のデザイン的制約に苦しんだと聞きます。彼らの意図を阻害しない仕組みが生まれることを、願ってやみやせん。