3月11日の震災時、渋谷から埼玉まで徒歩帰宅してわかったこと色々

2016/03/11さいたま市(大宮/浦和など)の記事, 読み物地震, 読み物

いろいろとやらなきゃいけないことが溜まっているのだけど、とりあえずこれだけは書かないと!と思ったので書いておきます。

震災の当日、渋谷で被災した僕は、故郷でもある静岡県でたたき込まれた帰宅の教えに従い、徒歩帰宅を試みました。


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距離にして、Google上で約31キロ・徒歩で6時間半ほど。ほとんどフルマラソンですねw

で、この距離を歩いて感じたこと、思ったこと、次はこうした方が良いな、ということなどをまとめておきます。

ステータス編

まずは僕のステータスをば。32歳と10ヶ月。男性。前日は5時間くらい寝ていて、体調はまずまず。花粉症が酷くて鼻が詰まっており、同時にマスクをしていました。体力は普段から半ばガチンコでフットサルをやっているため、普通の人よりは相当にあります。ただし前日にトレーニングをしたばかりだったので、足には若干の張りがありました。

装備編

当日はユニクロのヒートテック、長袖のシャツ、カーディガンの上に薄めの防寒タイプのコートを着ていました。下はジーンズです。靴はビルケンシュトックのスニーカー。口と鼻にはマスク。カバンは斜めがけの小さなタイプで重量は800gくらい。

このような状況で被災し、31キロほどを歩こうと決意したのが11日の17時半でした。

徒歩帰宅の決断まで

当日、渋谷の出先企業にて被災した僕は、ひとまずその会社のビルで情報を集めました。Twitterで妻にメッセージを送りつつ、現地が津波で大変な事になっている状況を知ります。これが17時くらいまで。同時に都内のインフラ・交通網に関する情報をTwitterで集めました。基本的に電車は全てNG(JRから終日運休の発表)、タクシーもほぼ無理(お客さんを降ろし次第回送になる)、バスは使えるものが無い…ということで、基本的に選択肢はビルに泊まるか、もしくは徒歩で帰るかの選択肢に絞られました(この時点で宿泊所はまだできていません)。

その後、体力的に自信があったことに加えまだ都内には危険な場所がないだろうと判断して、徒歩帰宅を決断しました。翌日に友人の結婚式があり、とりあえず判断をするためにも帰宅したかったという事情もあります。その時点で17時半。「明るいうちになるべく移動しよう」ということで、徒歩スピードはかなり速めのもので進むこととしました。

明治通り 渋谷〜新宿〜池袋編

明治通りは人でごったがえしていました。ただ、基本的に人は渋谷駅へ向かっています。道路も渋谷駅に向かって大変な渋滞となっており、バスに至ってはすし詰めもいいところな状態でした。自動車が急に増えた理由としては、首都高が不通となった影響があったかもしれません。とにかく早急に移動しようと決断していたので、歩道をずんずんと進みます。このあたりにはアパレルのショップが多数あるのですが、ほとんどが臨時休業となっていました。そのため、人の流れはわりと良かった気がします。

しかし途中で進みが悪くなります。最初に厳しくなったのが表参道の交差点。この交差点の近辺は道が狭いうえに改装中のショップが多く、また地下鉄駅が閉鎖されたこともあって人が溢れかえっていました。

僕は経験的に「スピードが速くなったり遅くなったりが最も疲れる」と思っていたので、車道の最も歩道側(白線の中)を歩くこととしました。他にも早足で帰りたい人、ランニングで帰る人などがこのラインにおり、また自動車が渋滞で進まないこともあって、車道を進むのは快適でした。

車道が快適だったのにはもう少し理由があります。歩道に比べて車道は整備されているため、平面で歩きやすかったのです。歩道は小さな工事跡や凹凸が酷く、おそらくずっと歩道を歩いていたら相当に疲労してしまっただろうと考えられました。都内の歩道は長時間歩くのには向いていなさそうです。今回はたまたま靴底が厚いビルケンを履いていたので良かったのですが、薄いスニーカーや固い革靴だったとしたら、これは長時間の歩行には耐えられなかったのでは無いでしょうか。

明治通りをずんずん進むと、色々とわかってくることがありました。新宿、池袋に近づけば近づくほど人が増えてくることです。つまり電車が止まっているのを知りつつ、一縷の望み…かどうかはわかりませんんが、とにかく駅を目指す人が多かったのです。これは駅が混乱するなあとは思いました。

相変わらず渋滞は酷く、それは北に行けば行くほど顕著でした。しかし驚いたことにみな走行マナーが良く、事故などは1つもみませんでした。1回だけトラックが無理矢理に合流して、歩道の人と接触しそうになり怒鳴られていたぐらいでしょうか。

危ないなと思ったのは、中年〜高齢の方が乗る自転車です。特に上りではフラフラするうえに徒歩よりも遅く、危ない場面を何度かみました。無理せず押してくれればいいのに…とは独り言。

途中、商店にも特徴的な光景がありました。自転車店とスニーカーショップに長蛇の列が出来ていたのです。みな、自転車で帰ったりスニーカーに履き替えて徒歩で帰ったりするための施策だったのでしょうね。自転車は僕も考えましたが、ちょうど先月末に自転車を買ったばかりというタイミング的な問題もあって、また心のどこかに「一度徒歩で帰宅してみたい」という考えもあって徒歩で強行することとしました。

ちなみに池袋に着いた時点で19時。8キロ強を1時間半です。ここまで休憩無しでしたが、わりと歩道で歩く人々が明るいので、気持ちが沈むこと無く進んで来れたのが幸いしてそれほどの疲れは感じていませんでした。ただ、いかにビルケンといえど長距離を歩くための靴ではなかったため、足首に若干の痛みを感じつつありました。

明治通り 池袋〜王子〜川口編

池袋を過ぎてしばらくすると、人が減り道も平坦となり、ずいぶんと歩道が歩きやすくなります。途中までは首都高が上を走りますので、道も明るくて安全な感じでした。途中で1軒自転車店があり、長蛇の列となっていました。

王子のあたりで再び徒歩帰宅者のピークがきます。山の手圏内から歩いてきた?人が多いような印象でした。皆総じて明るい印象で、なんだか不思議な雰囲気が形成されています。

王子駅は今まで通過してきた駅と違いました。というのも、シャッターを開け、トイレを借りることが出来ているだけで無く、駅員さんが地図を配り、帰宅支援を行っていたのです。今まで通過してきた駅は(僕の印象では)冷たくシャッターが閉められているだけの印象だったので、王子駅にきて少し明るい気持ちになりました。同時にトイレが解放されていたので、トイレ休憩をとります。妻にもメールをしてみました。するとちょうど連絡が来て、いま実家に向かって徒歩で帰宅を試みているとのこと。はじめて連絡が取れたので少しだけ安堵しました。ちなみにこの時で19時半。22時くらいには帰れるのかな、と期待しましたが、マップ上ではまだ1/3ということを知り少しがっかり。出発から2時間半で1/3ですから、あと5時間くらい歩くことになるわけですね。

この時点で栄養補給を考えたのですが、第1にトイレが無いことと、休憩を長く取ると体が冷えて出発できなくなる可能性があったため、覚悟を決めて10分ほどの休憩で出発します。

王子を超えると道が急に暗くなりました。本来ならばその道(直線の近道)が良かったと思うのですが、知らない道を通るのは少し怖かったことと、いつも車で通る道を歩いてみたかったこともあり、遠回りの国道122号線を歩きました。122号線はバス通りでもあり、国道でもあるため、歩道も広く歩きやすくて選択としては正解でした。このあたりから渋滞が凄まじくなり、自動車の進みよりも徒歩のほうが速いという逆転現象が発生します。気がつけば同じタクシーが横にいる、みたいな状況でした。

赤羽岩淵までいくと、凄まじい人の列となります。どうやら新荒川大橋を渡る際に行列の速度が遅くなっているようなのです。橋まで行ってみてその原因がわかりました。橋の歩道は2列〜2.5列ほどしかないのですが、川口方面から来る人と赤羽方面から来た人とがごちゃごちゃになっており、徒歩スピードが上がらない状況だったのです。また橋上は風も強く「ここは早く通過しないといけない」という予感が頭をよぎりましたが、進まないのでイライラすることとなりました。

実際橋を越えてみると、風によって体力を奪われたのか急激に疲労を感じます。なかなか進まない精神的なストレスと寒さによってずいぶんと足が重くなりました。これは想定外でしたね。

ちなみにですが、このとき北に向かって左側の歩道を歩いていたのですが、反対側はとても空いていて選択ミスだったと感じました。基本的に左側を歩くイメージでしたが、徒歩帰宅の際にはフレキシブルに歩道を選んだ方が良いのだと痛感しました。

橋を越えると川口です。川口では驚愕の光景が待ち受けていました。

川口〜大宮編

一言で言うと、川口駅は悲惨な状況でした。王子駅と違ってシャッターは下ろされており、駅職員もいません。人々は混乱の中でバス停とタクシー待ちの列に並びますが、数百人はいようというその列に並ぶのは「無謀」以外のなにものでも無いと思えました。実質その時点から翌日の朝まで並んでいた人もいたとかいないとか…。

そんな川口ではありがたいことにTwitter/mixiで支援を申し出てくれる方がいました。実際には赤羽の時点でも支援の声があったのですが、僕が気がつけずに申し訳の無いことをしました。歩いている最中に情報を確認するのは難しいな、と改めて思ったものです。さてその支援ですが、自転車を貸していただけるというものでした。この後まだ1/2ほどある行程を考えると借りたい気持ちがかなりあったのですが、丁寧にお断り致しました。というのも、僕の中では以下のようなプランがあったからです。

  • 埼玉までくれば、空きタクシーが発生しているはずだからどこかで拾える
  • そうでなくても相乗りできるタクシーがあるはず
  • なければないで歩いて帰ろう

もし仮にタクシーの拾える状況になった場合、借りている自転車を置いていくわけにもいきません。タクシーが拾える可能性と、自転車で帰ることとを天秤にかけ、ここではタクシーが拾える可能性に舵を取ることとしました。

ちなみに当初、完全徒歩で帰ろうと思っていたのは前述の通りですが、やはり運動用の靴でないことに限界を感じていました。とにかく足首の疲労が酷く、今後のことを考えるとこれ以上の疲労は危険であるように感じていました。この時点で行程は20キロ、徒歩時間は4時間を超えていました。

そんなことを考えていた西川口近辺、正確には川口警察署正面で奇跡が起きます。タクシーが拾えたのです。本当にラッキーでした。交差点の向こうを行くタクシーが僕に気がついて止まってくれたのです。

ということで、徒歩での強行帰宅は歩数計上で総行程23キロ、4時間半の孤独な旅が終わりを告げたのでした。

そこから1時間弱で大宮に到着しました。裏道を駆使して急いでくれたタクシーの運転手さんに感謝しつつ、また反対側車線の車が数センチも進まない異常な状況に恐怖しつつ、大宮駅西口に到着することが出来ました。

4時間半、23キロ歩いてみての感想

さて、最後に感想です。

まず疲労に関して。体力的なものよりも、靴や着衣など、装備的なものが厳しかったように思えました。特に新荒川大橋での体力消耗は想定外でしたね。都内でさっさとスニーカーを買っていれば良かったのかもしれません。このあたりの判断は重要であるように思えました。

また今回は花粉症のマスクが大活躍でした。というのも渋滞する幹線道路沿いをずっと歩いた結果、顔や露出している肌が真っ黒になったからです。マスクが無かったら…と思うとぞっとします。マスクをして歩くのは厳しいかもしれませんが、マスク無しで歩いたらきっと後悔します。歩いて帰る時はマスク必須でしょう。

速度について、今回はかなり早足で攻めましたので、通常1時間4キロが標準のところ、1時間5キロ弱で進んでくることが出来ました。感想としてはやはりペースの維持が大事で、休む度にペースが落ちていった気がします。また水分の補給は大事ですが、ペットボトルを買うと重量的にマイナスとなりますから、紙パックに入っている小さい・軽いものや、買ったその場で飲みきれるものがいいな、と思いました。

治安的には多くの人が同じ道を歩いているため、安心して進むことが出来ました。恐らく女性が1人だったとしてもそこまで恐怖を感じることは無かったのではないでしょうか。ただし、それは若干遠回りをして幹線道路を通ったからです。近道の細道は暗いため、心細いかもしれません。また川口を過ぎたあたりで急激に人が減りましたので、その点も要注意ですかね。

トイレについて。実際歩いている限りは、そこまで気になりません。休むと急にトイレに行きたくなりますね。ただしコンビニは長蛇の列ですし、王子駅のようにトイレを解放してくれている施設も多くはありませんから、これは大きな問題であるように思えました。一方で帰ってきてから調べたところでは、トイレを貸してくれた民家も多かったようで、ケースバイケースなのかもしれません。

そうそう、ツイッターを通じて要所要所で最新情報を仕入れたり、励ましをいただけたりしたのはとてもありがたかったです。質問すれば答えてくれるという状況にはずいぶんと推進力をいただけました。不安なままで進むのは辛いですものね。

総合的には、どうしても帰りたい場合徒歩帰宅はありでしょう。しかし、疲労は思ったよりも厳しく、普段スポーツをやっている僕でも翌日の疲れは想像以上のものでした。もちろん早足だったこと、靴が適していなかったこと、何より前日にトレーニングしたてであったこともありますが、20キロ以上は無謀な距離と言えるかもしれません。なにより、緊急避難が必要な時に弊害となるように思えました。

最後に

最後にですが、なにより大事なことは1度体験しておくことでしょう。つまり「徒歩で帰るべきか」という選択肢について比較・検討できないことが最高にクリティカルであるからです。たとえば今回、僕が30キロの道のりを徒歩で歩いたのは恐らく通常では「無謀」です。しかし僕は今後のことも考えて、あえてチャレンジをしてみました。その結果、今後同様の状況に陥った時「徒歩を選ぶかどうか」について経験をもとに検討できるようになりました。本来であれば地震の前にやっておかなければいけない作業ですね。

とにかく歩いて帰ってみることは重要です。どこまでなら心が折れないのか、1時間、2時間、3時間でどこまでいけるのか。もちろん平常時と緊急時での行程には若干の変化が出るとは思いますが、経験しておくことは本当に重要です。もし徒歩帰宅の経験がないのであれば、自転車を購入するのが妥当でしょう。おそらく疲労度は半分程度で済むのではないでしょうか。

ということでとりとめも無く書き散らしてしまいましたが、これが歩いてみて感じたこと、思ったことの全てです。これからも大きな地震とは付き合っていかなければならない土地・国ですから、今回の経験を生かして、次からの自己判断に生かしていきたいと思います。

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くわしくは上記リンクから。

震災時帰宅支援マップ 首都圏版
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