あの日たしかに「ごちそう」だった。閉店する神保町いもや(主にとんかつ)の思い出

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神保町の胃袋を支えてきた名店のひとつ「いもや」シリーズの「とんかつ」「天丼」が閉店する、という事実が明らかになりました(正確には、直営店が全て閉まるとのこと)。既に往年の「天ぷら」は閉店してしまいましたから、これで神保町にのこるいもやは、通称「信金裏」の神保町1丁目にある「天ぷら」だけになってしまうようです。

この「いもや」は僕にとって特別なお店でした。正直、悲しくてしかたありません。ちょっとだけ思い出を書いてみようかなと。

「いもや」とは。

「いもや」とは、神保町・神田界隈にある、常に美しく磨かれた白木のカウンターが特徴的な、今でいうオープンキッチンの定食屋。昭和34年創業で、実に60年ほどの歴史を誇ります。天ぷら、天丼、とんかつの3種類があって、一見すると高級品だったこれらの食べ物を、その時代における安価(僕の通っていた当時で600〜800円程度)に提供したことで、絶大なる人気を誇っている局地的なチェーン店の総称です。

どのお店にいっても提供されるのはほぼ単一の商品で、いわゆる商品を絞ることで価格を抑えたタイプの飲食店のはしりではないかと思います。先述の白木のカウンター、やかんからそそがれるお茶、黙々と調理しつづける従業員、しじみの味噌汁、固めだけどおいしいお米(おひつ!)。なによりその清潔感ある店内は、薄利多売という業種においても一種の異様な存在でありました。

そんな存在だったからこそ、神保町という地域ともあいまって、学生からサラリーマンまで、ランチにがっつりを求める人々から絶大なる支持を得たのでは無いかと考えます。

 

「ごちそう」とはいもやのことだった

そんな「いもや」シリーズといえば、僕にとっては大学院時代に通いつめた思い出の店。特に通ったのは既に閉店済みの「天ぷら」と、今回3月いっぱいでの閉店が伝えられた「とんかつ」で、一橋の交差点にあったNIIから週に1度くらいは行ってたんじゃないかと思います。

NIIの頃は個人的にもとても辛かった時代で、奨学金とバイト代でなんとか食いつなぐというギリギリの生活。しかも(今はどうかわかりませんが)当時のNIIの食堂は安くない、おいしくない、営業時間が短いの3重苦。所内に泊まりがけで研究を進めることも多く、コンビニを主とした外食に頼らざるを得ないのは必然的でした。ものすごく病気にかかりやすくなり、体重も信じられないくらい減ったのもこの頃でした。今から考えたらストレスだったんですかねえ。

そんな荒んだ生活において、楽しみといえばたまにいく神保町の名店ランチ。中でも足繁く通ったのは「キッチン南海」「丸香(当時は開店したて)」、そして前述の「いもや」シリーズでした。中でも個人的に「ごちそう」だったのが、普段であればまず食べることの無いとんかつです。

メニューは「とんかつ」と「ひれかつ」のみ。店内に入店すると、機械的に聞かれるのは「とんかつですか、ひれですか」。そう、ランチ時のお客さんに許された会話は、この「とんかつ」「ひれ」どちらかの言葉だけなのです(やや誇張)。多くの場合はすぐに座ることはなく、カウンター後ろの待合席に座ってじっと待ちます。そんな状況ですから、カウンターで仲間と談笑しながら食事…なんてことは許されるわけもなく、「待ってる人がいますんでね」とやんわりたしなめられるのでした。でも、それがルール。いもやで安価においしいとんかつを食べるための流儀こそ、この吉野家コピペのようなある種の殺伐とした雰囲気だったんです。

しかしその調理は確かなもの。まるでオートメーションのように行われる、しかし職人的な手さばきの衣づけ、そして2つの温度の鍋で行われる揚げ。さらにトレイでしばし休まされた肉に入れられる包丁。中間の肉色を確認し、少しあまければ熱した包丁などで火を入れる等、当時、ほとんどとんかつ店にいったことのなかった僕は、その一挙手一投足に惚れ惚れとしてしまったものです。

余談ですがいもやはボリュームもなかなかのもので、まずキャベツは大盛りだし、ごはんも多いうえに一度だけはお替わり可能。ただし残すとこっぴどく怒られますので、おかわりの量には細心の注意が必要でした。半分で…と頼んだのにまるごときちゃったときは、ええ、がんばりましたね。

思えば食事時に端末で写真を撮るなんてことがまだレアだった時代。i-modeはあったけどスマホはなかった時代(だから写真がありません)。席に座って、じっと調理を眺め、提供されたら無心で食べ…食というものに集中できたからこその、この特殊な美味しさだったのかもしれません(先述の事情で、店内にはほとんど会話もありませんでしたからね)。

 

提供されるとんかつ定食は、ただただ美しく、これを腹一杯まで食べるのは無情の喜び。ごはん1杯で済まそうと思うなら肉は豪快に、ごはんを2杯食べるなら肉は節約。その日の気分で、どうやってこの大盛りな定食を攻略してくれようかという楽しみがありました。そう、これこそ「ごちそう」ですよ。

そんな僕にとってのごちそうだったいもやが、閉店してしまうのです。月末までに1回行けるかどうか。そんな世界ではありますが、もし行けるとしたら、思い切りおなかいっぱいになって帰ってきてやろう。

 

のりおのまとめ

さよなら、あの日の「ごちそう」。

 

参考記事

神田神保町の「天丼いもや」「とんかついもや」3月末で閉店へ! 久々に食べてみたら、30数年前と変わらない味だった(全文表示) – ニュース – Jタウンネット 東京都