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幼い頃に親を亡くしたことによる「呪い」の解き方(僕の場合)


たまにはちょっと真面目な記事でも。あくまで僕のケースですが、とても幼い頃に親を亡くしてしまったがゆえの「呪い」をどうやって解くかのお話です。先にお断りしておきますが、あんまり面白いお話じゃないと思います。不愉快になる人も多いかもしれません。しかも長いです。でも、僕が11年もブログをやっていて、いつか書こうとずっと思っていて、やっと書けたテーマでもあります(それも、まさか解決に近づくとは思ってなかったため書けなかったこのことを)。

sakura blacks *from kyoto



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呪いって?

とは言っても、呪いってなんのことだよ、と思う方がほとんどかと思います。ここでいう呪いとは、まったく記憶にないがゆえの苦しみとでも言い換えられるでしょうか。

僕のケースを詳しく説明します。僕は2歳の頃に母親を亡くしました。心不全だったそうです。実はうちの母方の家系は心臓疾患があるようで、まあうちの母親がそれを知っていたかどうかはわかりませんが、おなかに僕の妹が生まれそうな状態でいるというその時に、ちょっとお酒を飲んでしまったそうなんですね。そうしたら、突然倒れてしまったと。そのまま、生まれる前の妹とともに亡くなってしまったそうです。

さて、ここで問題なのは「亡くなってしまったそうです」という僕の認識です。つまり僕の記憶には、母親が亡くなったことは一片たりとも存在しません。いや、もっと言ってしまうならば、母親という存在は僕にとって無かったこととなっています。

もちろんこれは家庭の事情もあったかと思います。なぜか我が家では、母親に関する話題がほとんどゼロに近しいレベルでした。母親の写真を(遺影以外で)はじめて見たのは、小学校5年生くらいの頃だった気がします。しかし、これは意図的に隠されていたから、という訳でもありません。なんせ、僕が興味を持たなかったから…ではないかと、僕は思っています。

 

優しい言葉が呪詛になる

さて、そこで「呪い」の話です。前置きが長くてすみません。

僕は小さい頃から、周囲の人よりこう言われ続けて育ちました。

「お母さんが死んでしまって大変だね、悲しいね、辛いね、がんばろうね」

もちろん周囲の人は、心から僕にこの慈悲の言葉をかけてくれたのでしょう。しかし、この言葉は僕にとって「呪い」の元凶となりました。僕にとって母親は存在しないものと同義です。もちろん生んでくれた感謝や、会ってみたかった憧れの気持ちは持っています。しかし、やはり知らない人なんです。

その知らない人の死に対し、「大変だね、辛いね」と声をかけ続けられたことは、僕にとって「これは大変なことなのだ、悲しいことなのだ、辛いことなのだと思い込まなければいけない」という自我を形成させました。いわば、痛くもないのに痛さを自ら生み出してしまう状況と説明できるでしょうか。

 

自分が自分にかけた「呪い」

ここで想像してみてください。「亡くなって悲しい」という想いを無理矢理自分に発生させなければいけないという状況を。それは、僕にとって、想像を絶する苦痛となって、ストレスとなって襲いかかってきました。「母親が死んでしまっていることを悲しく、大変に、辛く思えない自分は、欠陥があるのではないか」とさえずっと思って生きてきました。ずっと、ずっとです。

当然ながら墓前に行っても、なんの感情もわきません。いや、むしろ少しでも知っている他人の墓前のほうがしんみりしてしまいます。ちょうど我が家のお墓の正面には幼くして事故でなくなった子供のお墓があったのですが、僕としてはそちらのほうが感情移入しやすく、墓参りをする度に「なぜ僕は他人のことのほうが悲しく思えてしまうのだろう」と自己嫌悪に陥ったものです。それもあって、墓地は嫌いではありませんでしたが、墓参りは積極的にはできませんでした。それは今も同じです。

つまり、これが「呪い」です。知らない人(あえてそう書きます)のことを無理矢理にも想い続けなければいけない。終わることのない自己矛盾との戦い、それが「呪い」です。せめて母親が、僕に対してどんな愛情をそそいでいてくれたか、少しだけでも実感できれば、もっと母親のことを感じられるのに。そう思っていましたが、それはかなうことなく、ずっと育ちました。「呪い」がひどすぎて「母親」「お母さん」という言葉をずっと口にすることができなかった頃もあります。口にするだけで冷や汗が出ました。

そうして、僕はこの「呪い」と5歳の頃から付き合ってきたのです。もう28年以上にもなります。同じ境遇の、他の人がどうかはわからないのですが、僕にとってはこれが真実でした。

 

ふとしたことで気づいた「呪い」の解き方

大げさかもしれませんが、僕はこれを自分の薄情さにかけられた罰だと思っていました。母親のことを想えない、そんな親不孝な息子が受けた天罰だと感じていました。だから一生呪いは解けないし、解く方法も見つからないと思っていました。最近までは。

でも、実は、あったのです。僕だけかもしれませんが、この呪いが、解けるまではいかなくても、やわらぐというか、楽になる方法があったのです。それは、ブログを読むことでした。

 

様々な人生が綴られた「ブログ」があるからこそ、救われる

それに気がついたのは、高山さんという友人のブログを読んだ時でした。彼(と呼ぶには年上過ぎますが)は、とても小さい女の子の父親でしたが、突如深刻な(もちろん死を意識するレベルの)病魔に襲われ、闘病を余儀なくされました。こんなこと書いてすみません、高山さん。

でも、彼は病気と闘って、生還しました。まだ100%不安がなくなったわけではないそうですが、完治したように僕の目には映っています。そんな彼が、ブログに自分の気持ちを切々とつづっていたのです。そこには、幼い子供を残して死にたくないという本音や、しかしギリギリまで精一杯の愛情を持って子供を愛そうとする想い、さらに生還しこれからも子供を愛し続けることの出来る喜びが、ストレートに表現されていました。

それを読んだ時、僕ははじめて「ああ、自分の母親もこんな気持ちだったのかも知れない」と重ねてみることができたのです。そんなことははじめてでした。いままでどんなものを読んでも、そんな感情は沸きませんでした。しかし彼のブログを読んでいる時、ふと気づいてしまったのです。そこからは、何か憑きものが落ちたそんな気がしました。おかしな話ですが、他人の想いのこもった記事を読んだことによって、いままで空っぽだった僕の母親という存在が補完され、実感としてその存在や亡くしてしまった悲しさ、空しさを感じることができるようになったのです。

 

ブログに感謝したい

もちろんそこには、自分が33歳という年齢まで成長したという要因があるとは思います。しかし、彼のブログがきっかけになったことは間違いありませんし、読めば読むほど、どこか僕の心が救われた気がするのも本当です。

と、そんな話を高山さんとして、その後生まれたのがこちらエントリでした。

 

プロブロガー本出版記念オフ会で、体験を共有することの価値を実感 : オーシャンブリッジ高山のブログ

 

まさに僕が感謝したいのは、ここに書いてあるとおりです。高山さんが、ブログを通じて「体験を共有」してくれたからこそ、僕はそこからひとつの答えを探し出すことが出来たのです。別にブログじゃなくてテキストサイトでも良かったかもしれませんが、なんとなく僕はブログに感謝したいなと思ってしまうのです。

ということで、僕はブログに感謝し、高山さん( オーシャンブリッジ高山のブログ)に感謝し、そして高山さんとそんな話をする機会をくれたイベント主催者でもあるコグレさん( [N]ネタフル)とするぷさん( 和洋風◎)にも感謝するわけです。本当にありがとう。今日このことを書いているのも、僕のこの体験が、誰か1人の救いにでもなればと思っているからです。ブログは共有してなんぼなんです。

 

もちろんそこはブロガーですから、最後にはこのイベントをやるきっかけとなったプロブロガー本にもありがとうしておきますw
必ず結果が出るブログ運営テクニック100 プロ・ブロガーが教える“俺メディア”の極意

 

いい本です。

ということで、やっとこの記事がかけたことによって、僕の重荷が少しだけ下りました。あとはみんながドン引きしないことを祈りつつ、深夜にこの記事をこっそりアップしておこうと思います。

 

おかあさん、僕を生んでくれてありがとう。この言葉、生まれて初めて文字にできました。

 

それではまた明日。もし何かあれば、賛否両論、自由にコメントくださいね。おやすみなさい。

 

さらにそれから3年、ついに呪いが解けるときが来た

2015年になって、ついに呪いが解けるときが来ました。
35年前に亡くなった母親と、37歳にして、初めて心がつながりました。

37年の時を経て、35年前に亡くなった母から届いたメッセージ

 




 

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About norio nakayama

ブロガー、ライター、フォトグラファー、アドバイザー。旅メディア「Linkトラベラーズ」編集長。同じく旅メディア「たびねす」ホテルガイド。Yahoo個人ニュースオーサー。Getty Images/iStock 登録Photographer。500px Photographer。JFA公認フットサル/サッカーC級コーチ所有。 合同会社オラニエ代表。同時にアジャイルメディア・ネットワーク株式会社ブロガー施策担当。 好きなラーメンは味噌とトンコツ。好きな麺の堅さはハリガネ。チャーシューはむしろいらない派。好きなブランドはポールスミス。好きな紅茶はマリアージュ・フレール。足のサイズは26.5cm。

One comment

  1. はじめまして
    わたしともみといいます
    わたしも2歳の時に母を亡くしました

    わたしも呪いという感覚がわかります。

    言葉がまとまらないので、またきます。

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